ハワイのいたるところにあるヘイアウは、日本でいうところの神社・お社みたいなもの。それぞれのヘイアウには違った神様が奉られ、さまざまな目的や役割がありました。日本古来の考え方と同じく、万物には神が宿っていると信じたハワイアン。そのマナ(スピリット)とのチャネリング・スポットがヘイアウなのですから、神様が多い分、たくさんのヘイアウがあるのも頷けることかもしれません。
その数あるヘイアウのなかでも大規模なのがカワイハエにあるプウコホラ・ヘイアウ。ハイウェイぞいからも見えるこのヘイアウ、今も畏怖堂々たる姿でそびえ立っています。ここは、カメハメハ大王がハワイ統一の大望を果たそうとしていた頃、戦いの勝利を願って、戦争の神クーに捧げるために作った神殿。「ここにヘイアウを作ればハワイ統一を成し遂げられる」という神官のお告げにより、カメハメハはたったの一年でこの巨大なヘイアウを作り上げたといいます。石垣に使われたのは、遠くコハラ山脈の反対側にあるポロル渓谷の川床の石。重機も車もなかった時代、なんと40kmもの距離を、人から人へ石を手渡しするバケツリレー方式で運んだのだというのですから、その当時、カメハメハはすでにそれだけの人を動かす偉大な権力を持っていたということになります。
このヘイアウが建てられたのは1790年のこと。日本では江戸時代後期、アメリカではジョージ・ワシントンが初代大統領になった頃ですから、実はそんなに遠い昔ではありません。1778年、キャプテン・クックが来訪し、ハワイが初めて西洋文化に触れてから10年あまり。ハワイの歴史はこの時期、激しく動き始めていたのでした。思えば、日本で織田信長が天下統一に乗り出したのも、ポルトガル人の来訪で西洋文化に触れたことがひとつのきっかけ。歴史の不思議な整合性に驚きを禁じ得ません。
プウコホラ・ヘイアウ一帯は国立公園になっています。
http://www.nps.gov/puhe/index.htm