サーフィンの誕生

2020.03.18

「サーフィン」=「波乗り」は、古代より世界各地で行われていた。だが、今のような板の上に立って波に乗るスタイルはハワイで誕生したと言われている。

ハワイアンのルーツは、およそ1500年前にマルケサス諸島から海を渡ってやってきたポリネシア人だ。彼らは、交易や漁業など暮らしのためにカヌーを乗りこなした。そんな海の民が、新天地で目にした素晴らしい波に魅了され、乗ってみようと思うのに時間はかからなかったろう。

ハワイ語でサーフィンは"Hee Nalu"(ヘエ・ナル)。"hee "(ヘエ) は 「滑ること」 、"nalu "(ナル) は 「波」と、文字通り「波乗り」という意味だ。このヘエ・ナルに、ハワイの人々は、庶民から王族の上流階級まで虜になった。王族は5m近いサーフボードを乗りこなし、王族専用のサーフィンスポットを独占していた。ヘエ・ナルは神聖な行為として、人々の暮らしに欠かせなかった。伝承や神話にも登場し、コンテストも開催されて、時には命をかけて競い合ったと言われている。かのカメハメハ大王も優れたサーファーとして知られ、世が世ならプロサーファーとして活躍していたかも!?

さて、熱狂的に楽しまれたサーフィンだが、19世紀の終わりになると、海からサーファーが消えてしまう。ハワイにやってきた宣教師が西洋社会の価値観を島の人々に強いたのだ。裸で波に乗り享楽にふける…。サーフィンは野蛮なものとして禁止されてしまったのだ。カラカウア大王が、サーフィンやフラなどハワイの伝統文化を復活させる運動を起こしたが、退位とともに再興運動も衰退してしまう。結果、約100年間にわたり、サーフィンは暗黒時代を迎えることになる。

再びサーフィンが日の目を浴びたのは20世紀になってからだった。1893年、ハワイはアメリカ合衆国に併合され、本土向けの観光地として開発をされる。そしてマリンレジャーの一つとして、注目されたのがサーフィンだった。その立役者の一人となったのが、デューク・カハナモクだ。ハワイ初のオリンピック選手で金メダリスト、世界記録も樹立した地元のスーパーヒーロー。優れたサーファーでもあったデュークは、ハワイのアイコンとして、カリフォルニアやオーストラリア、ニュージーランドで波乗りのデモンストレーションを行い、人々にその魅力を伝えていった。この「サーフィンの父」が巻いた種が、時を経て世界中で実を結んだのだ。

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