現代的な高層ビルに囲まれたワイキキ。
100周年に向けて再建が決定!カピオラニパーク横にある、この建造物は何?
2024.11.27海岸に沿って、ホテルが立ち並ぶワイキキの街並み。 写真:Hawaii Historic Tour LLC
ワイキキに人々が暮らし始めたのは1400年代といわれ、長い歴史を持つ場所ですが、高層ビルの多くが1960年代に入ってから建てられているため、現在の姿になってからは、まだ60年ほど。この現代的な街並みには、探してみると、歴史ある建物もしっかり残されていて、それらを訪ね歩くのもまた、楽しいアクティビティーになります。ワイキキにある歴史的なスポット、その一つである「ナタトリアム」と呼ばれる建造物をご紹介しましょう。
カピオラニパーク沿いには、歴史あるスポットがいっぱい
ワイキキのメインストリート、カラカウア通りを、ダイヤモンドヘッド方面に歩きましょう。すると、ご家族連れに大人気のホノルル動物園が見えてきます。その先には、ダイヤモンドヘッドが目の前に迫る、カピオラニパークがあります。このパーク沿いの道を、さらに歩いていきましょう。
並木に沿って大きな歩道があるので、散歩も楽しい! 写真:Hawaii Historic Tour LLC
長く続く針葉樹の並木道。これは、カピオラニパークがオープンした1877年に合わせて植樹されたもので、当時の様子を今に伝えているものです。この並木道を先に進むと、米国で2番目にオープンしたという、歴史あるワイキキ水族館、そして、その奥には、「これは一体、何だろう?」と思わせるようなものが見えてきます。
門、そして壁だけ⁉ 写真:Hawaii Historic Tour LLC
門と壁のみ…といった形状に見えるこの建造物は、とても長く…
ひたすら長い壁が続きます。 写真:Hawaii Historic Tour LLC
横から見ると、バレーボールコートもあって、なおさら何の建物なのか、疑問が湧いてきますが、これは「ナタトリアム」と呼ばれる海水プールのある施設で、1927年に完成したものだったのです。
完成間もないナタトリアムを、海側から見たところ。 写真:Hawaii State Archives
壁のようになっている所は、海側にまわると観客席となっていて、
水泳大会も開かれていたナタトリアム。 写真:Hawaii State Archives
大きな海水プールでは、市民水泳大会が開かれたり、飛び込み台が設置されて、高飛び込みを楽しんだりと、娯楽の少ない時代に、人々が集まって楽しめるような施設として使われていました。バレーボールコートがあるのも、その時の名残です。
人々が集う「ナタトリアム」を建設した理由
人々に、この建築物に集まって使ってもらったのには、意味がありました。門にあたる所をよく見てみると…
THE WAR MEMORIALと刻まれています。この施設は、第一次世界大戦に関わった、およそ1万人にもおよぶハワイの人々、そして、戦争で命を落とした、ハワイ出身の兵士を称え、彼らの働きを忘れないよう人々に語り掛けてきたもので、門の向かい側に置かれているこの石と合わせて、一つの記念碑となっています。
亡くなられた方々の名が刻まれたプレート。 写真:Hawaii Historic Tour LLC
海水プールの現在の姿
1927年8月24日にオープンしたナタトリアム。この日は、ハワイの伝説的なサーファーであり、オリンピック金メダリスト、デューク・カハナモク氏の誕生日で、海水プールで最初に泳ぎを披露したのは、カハナモク氏でした。
それからおよそ50年間に渡り、多くの人々が様々な用途で使ってきた施設でしたが、海水プールを形づくっていたコンクリートが老朽化し、水質も悪化していたことで、1979年に使用禁止となりました。現在も、このように立ち入り禁止の状態が続いています。
コンクリート部分が、かなり傷んでいることが分かるプール部分。プールの水をよく見てみると、ここに住み着いたのか、ウミガメの姿が見られることも! 写真:Hawaii Historic Tour LLC
放置された状態が続いていた海水プールですが、ついに修復が決定しました!2019年から、修復に向けての周辺環境への影響調査が行われており、2024年9月、ホノルル市と、ナタトリアムを管理する非営利団体とが協力し、再建が決定。100周年となる2027年の再オープンを目指します。
古くなったからと、その歴史が消されてしまうのではなく、その歴史は紡がれ、さらに10年、20年と使われていくことになったナタトリアム。100年という時を経て、どのような姿を見せてくれるか、期待が高まりますね。
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