音楽の才能に秀でていた、ハワイ王朝最後の君主、リリウオカラニ女王。
生涯、160曲以上の音楽作品を残しますが、その作品によって、ご本人が生き抜いたハワイ王国の歴史をたどる事ができます。
1887年6月20日、68歳のヴィクトリア女王は在位半世紀を迎え、在位50周年記念式典(ゴールデン・ジュビリー)が挙行され、各国の王室・皇室が招かれての祭典となりましたが、ハワイ王国君主のカラカウア王の名代で、実妹で当時、49歳のプリンセス・リリウオカラニは、義姉のカピオラニ王妃と共に、ロンドンのアレクサンドラホテルに宿泊します。その時にホテルの部屋で作り、ビクトリア女王に捧げた曲が、「QUEEN’S JUBELEE」(女王の在位50周年記念式典)。現在でも多くのアーティストにカバーされています。
リリウオカラニ女王が、当時の大英帝国から、王室の力強さ、気品、帝王学を学ぶと同時に、同性として、ビクトリア女王のカリスマ性に憧れていた様子がこの曲からも垣間みられます。当時、プリンセス・リリウオカラニは、王位継承第1位に位置していたことから、白人勢力が台頭してきたとはいえ、将来、自分が統治することになるであろうハワイ王国の将来のビジョンも、この曲にしたためられていたような気がします。
写真は、 アメリカ合衆国唯一の宮殿であるイオラニ宮殿。宮殿に掲揚されているハワイ州旗。現在のハワイ州旗の原型である、ハワイ王国の旗は、ユニオンジャック(イギリスの国旗)と似ているのは、19世紀のハワイ王国と大英帝国の深い絆で結ばれていた名残とも言えます。